2019年(令和元年)の建築基準法改正によって200m2以下の用途変更で確認申請が不要となりました。しかし、確認申請が不要であっても避難や排煙などの規定については遡及対応が必要な場合があります。

確認申請が不要となったことで、必要な遡及対応が見過ごされ、知らないうちに建物が違反状態になってしまうこともありえるのです。

この記事では200m2以下の確認申請不要な用途変更における既存遡及の考え方や注意点をまとめています。また、増築や大規模の修繕・模様替えでの既存遡及の基本の図解や実際に遡及対応が発生した用途変更の事例についても紹介しています。

確認申請不要となる用途変更の詳しい解説や法改正のポイントについては「面積200m2超の用途変更とは?改正建築基準法での変更点も解説」をあわせてご覧ください。
※2021.6.16改訂(2019.11.4公開)

用途変更における既存遡及の考え方

用途変更では原則として既存不遡及となっていますが、階段や廊下、排煙設備や非常照明設備等の避難施設に関する規定は増築等の場合と同様の考え方で、既存遡及をする必要がある規定となっています。

ここで重要なのは、避難規定については用途変更部分以外の部分についても、独立部分でない限りは遡及対応が必要だということです。例えば一階だけ用途変更する場合でも、上の階の階段で既存不適格部分があった場合には原則現行法に適合させなければならないのです。

さらに、避難規定における独立部分の分節の仕方は「開口部の無い耐火構造の床・壁」となっており、よほど大きな建築物で過剰気味に階段を設けていない限り、この緩和規定を使うことは難しくなっています。

一般的な遡及規定の適用イメージ

既存不適格建築物とは?(1)-法3条の2、法86条の7-」でも記載した様に、改修工事の場合の遡及規定は以下のような考え方になっています。

  • 増築、大規模の修繕・模様替えでは原則既存遡及だけど、一部緩和規定あり。
  • 用途変更では原則既存不遡及だけど、一部遡及規定があり。

よく知られているのがエキスパンションジョイントによる構造規定の緩和です。一棟増築の場合にエキスパンションジョイントを設けることで、増築部分は現行法に適合させる必要がありますが、既存建物については部分的な検討で現行の構造規定を遡及させなくても良くなります。


増築等を行う場合の構造規定の既存遡及の考え方

しかし、建築基準法では「独立部分」という考え方を用いて既存遡及をすべき規定と、緩和が受けられる規定を定めており、既存部分とその他の部分との分節の仕方はそれぞれの規定によって違ってきます。


構造耐力、避難、排煙設備で独立部分の分節方法がそれぞれ規定されている

そのため、エキスパンションジョイントによる既存部分と新設部分との分節は、避難規定や排煙規定では適用できない為、それらの規定は既存部分も遡及させなければならなくなります。

確認申請不要な用途変更で既存遡及が発生した事例

確認申請不要な用途変更でも既存遡及がネックとなる場合があります。実際に相談があったのは以下のような物件です。

  • 昭和40年竣工
  • SRC造
  • 地下三階、地上九階建て
  • 地上階は九フロア全てテナント貸し
  • 各階床面積200m2弱
  • 延べ面積約2,280m2
  • 耐火建築物

この建物は屋内避難階段が一つしかありませんでした。ここで賢明な方は気づくかもしれませんが、各階の居室面積は200m2を割るものの、六階以上の階に居室を設けているのに、二以上の直通階段が無いのです。

建築基準法施行令第百二十一条第1項第六号では、「六階以上の階でその階に居室を設けるもの」は用途を問わず、二以上の直通階段を設けるか、屋外避難階段or特別避難階段+避難用のバルコニーを設けなければならないとされています。しかし、この規定は昭和48年の建築基準法改正によって適用拡大されたもので、この建物の竣工当時は適用されていませんでした。

国土交通省資料「建築基準法における防火・避難関係規定の変遷」より抜粋
国土交通省資料「建築基準法における防火・避難関係規定の変遷」より抜粋

遡及規定のために用途変更が難しくなることも

私達にご相談頂いたのはこの建物の一階~三階に入居しようとしていたテナントで、物販店及び事務所用途から飲食店の用途に用途変更しようとしていました。図面を確認してすぐこの避難階段の規定がネックになることが分かったので、テナントにこの内容を報告しました。

厄介なのが、この建物が前面道路以外は全て隣地に建て迫っており、外部からの工事はおそらく不可能と思われることです。建物の間口、面積的にも、また非常に地価の高い一等地にある建物であったことから、もう一つ階段を設ける事は不可能と思われたので、避難用バルコニーを設けることが考えられました。

しかし、上述の様に避難用バルコニーと対になる階段は、屋外避難階段か特別避難階段でないといけないですが、いずれもこの建物の形状や配置からは不可能と思われました。

また、仮に可能であったとしても、階段の改修は大規模の模様替えに該当し、今度は耐震性についての検討も必要になってくるため、建物全体をどうするか?という大きな判断が必要になります。そのため、テナントにこの物件で用途変更を行うことは非常に難しいということを伝えました。

するとテナントの担当者からは、200m2以内に借りる面積を抑えることで、この階段の改修工事を回避できないか?との返答をもらいました。しかし、このケースでは確認申請の要否に関わらず、用途変更する場合には遡及対応が必要でした。テナントにはその旨お伝えし、オーナーとよく話しあってもらうことにしました。

確認申請が不要な用途変更でも避難規定などの既存遡及に注意

ここで、私達が気になったのは、2019年(令和元年)の法改正によって確認申請不要で用途変更を行うことが可能な面積が拡大されたことで、このようなケースが非常に多くなり、気づかない内に既存不適格建築物を違反建築物にしてしまう事例が多くなってしまうのではないかということです。

確かに2019年(令和元年)の法改正で用途変更の場合も段階的に適法化していくプロセスが定められました。しかし、今回のケースの様に、段階的に進めても適法化する道筋が見えない場合には、その規定の適用も難しいと思われます。

一階の店舗入れ替えというのは非常に良くあるケースだと思いますが、オーナーやテナントの様な建築の専門家でない立場の人達は、まさか階段の改修が必要になるとは思わないと思います。

昭和48年以前の古いビルのオーナーやそれらに入居しようとするテナントは特に避難規定に注意が必要です。その他既存遡及について不明な点があるときは建築士に良く相談し、うっかり違反建築物を作ってしまうことの無いように注意してもらえたらと思います。

建物の法律家・建築再構企画は、建築主(ビルオーナーや事業者)向けの無料法律相談や、建築士向けの法規設計サポートを行っています。建物に関わる関連法規の調査に加え、改修や用途変更に必要な手続きを調査することも可能です。詳しくは、サービスメニューと料金のページをご覧ください。

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